jorro

雨露の如し

うれしくって抱きあうよ 私見

歌詞解釈の記事もこれで3回目になりましたね!
まじめに長々書いているだけに、読んだ感想を聞かせてもらえると、とても嬉しい・・笑

さて、今回はYUKIさんの「うれしくって抱きあうよ」を私なりに読み解いていこうかと思います。
果たして女性の気持ちがわかるのだろうか?といった不安がありますが、運良く(?)「僕」は男性視点のようなので、なんとかいけそうです。。?

まず今回はYUKIさんのアルバム「うれしくって抱きあうよ」のインタビュー記事からご紹介します。

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のちのち、YUKIさんの言葉を借りて引用していくことになりますが、これらのインタビューのキーワードは「感謝」「満たされた」というように感じました。
全てのアルバムの中で最も私が好きなのがこの「うれしくって抱きあうよ」です。色んな感謝と、生の暖かみを感じます。

それでは歌詞の方へ。

とにかく表現が妖艶

風に膨らむシャツが 君の胸の形になるのさ
甘い匂いをまき散らして 僕らはベッドに潜り込んだ
たなびくサイレン 愛撫のリフレイン 茹だるようなビート
少し震えているのかい?
 
うれしくって抱きあうよ - YUKI / 作詞:YUKI

ある解釈を読むまで全く意識しなかったのですが、よくよく見るとこの歌詞とってもエロいですよね・・。

風に服が吹かれて、良く知った君の胸の形になるという情景が浮かぶように、よく観察していて見知っていて、気の知れた仲なのだなという印象を受けます。
もしくは、胸の形がわかるということは、風が膨らませているシャツは身体の後ろ側ではないかとイメージできます。このことから、「君」は歩いてこちらに向かってきている。つまり、出会いを描写しているようにも思えます。

「甘い匂いを撒き散らして」=誘惑し誘惑されて、ベッドで愛し合います。
次の節は私も恥ずかしいので直接的に表現しませんが、「響く声」「リフレイン=反芻」「のぼせそうな」というイメージから、濃密に愛し合っている二人の関係が描かれています。

「僕」視点の歌詞なので、震えているのは「君」です。
なぜ、震えているのでしょうか。寒いから?悲しくて泣いているから?武者震い?
恐らく、喜びに震えているのでしょう。喜びを噛み締めています。
これはYUKI自身が、「君」の視点に立った時に、震えるような気持ちを感じたのでしょうか・・・。

ハナ唄

捧げたい僕を 君の広い宇宙に 在るだけの夜に 在るだけの花びら
ハナ唄で閃いた! 希望の咲く丘目指せ シグナルは青になる
うれしくって抱きあうよ
 
うれしくって抱きあうよ - YUKI / 作詞:YUKI

ここではまた隠喩的な表現です。
「君の広い宇宙」は子宮を、男性である「僕」が子宮に捧げるものと言えば、おたまじゃくし的なアレですね。「僕」が望んでいるものが解ります。

在るだけというのは有限であることが強調されています。
また、「夜の花びら」という組み合わせだけでも妖艶なイメージがあります。なお「花びら」だけでも隠喩的な表現ではあります。
夜も花びらもどちらも有限なのです。

「日常の何気ない一コマ」「良好な気分・機嫌」であるときに、ついついハナ唄が出てしまいますよね。つまり、ハナ唄を歌っている時って幸せなんです。
ついついハナ唄を歌ってしまったときに、ハッと気づくんですね。『今この状況、これが今の幸せなんだ』というように。

幸せを実感すると希望が生まれるのだと思います。「ずっと幸せでたい」「もっと幸せでいたい」そうやって更なる幸せを求め、高み(丘)を望んで、歩み進んでいくのです。

そしてそう思える事が「嬉しい」から、二人の愛を共に慈しむように、抱きあって感謝し合います。

ありがとうに出会う街

うつむいたり叫んだり 忙しい僕らの宴 ありがとうに出会う街
うれしくって抱きあうよ
 
うれしくって抱きあうよ - YUKI / 作詞:YUKI

落ち込んだり、怒ったりと感情の移ろいの忙しない二人は、まるで宴のような喧噪ですが、賑やかでとても楽しい。

「街」というと、「住んでいる場所」の他に、以下のような比喩であると考えられます。

  • 家族
  • 交友関係
  • 環境

つまり、「僕ら」に有り難いことや、嬉しいことを運んできてくれる「僕ら」の周りと考えられます。

そして、それらの、落ち込むこと・怒ること・忙しいこと・僕らの周りへの感謝、全てが『愛しい』
全てが在って良いものであり、在ることに感謝すべきものであるのです。
どんなわだかまりでも、当たり前の感謝も、僕らに関わる全ての存在が嬉しい。嬉しいから、喜び抱き合って、安心する。

ハレルヤ

巡り逢い 胸高鳴る 君の頬を濡らしてくよ
僕をあげよう 溢さないよう 火の無い場所 煙は立たず
欲しいものなら手に入れたんだ 僕と君を繋いだ ハレルヤ!!
 
うれしくって抱きあうよ - YUKI / 作詞:YUKI

「君」は、期待や不安を胸に『会いたい』と、涙するほど強く望みます。
それは「僕」と「君」が期待を胸に愛し合わなければ、決して会う事はできない二人の愛の結晶です。
「欲しいもの」とは、ここでははっきりしませんが、子どものことではないでしょう。ものと表現するとは考えにくいです。 なので、お互いに巡り逢いを望むに至った過程で手に入れたものであると考えられます。

ハレルヤとは、キリスト教で、歓喜・感謝をあらわす語。」とあります。
喜びや、感謝の気持ちが二人の絆を固く結んだということでしょう。

玉手箱

乱れ髪 ほうき星 なんて卑猥なんだ君の唄
くろすぐり色の玉手箱を 身の程知らずの指で開ける
いかれたモンスター 毛並みを整える 物心つくずっと前の子供みたいに
 
うれしくって抱きあうよ - YUKI / 作詞:YUKI

ここは比喩がたくさん使われています。
「乱れ髪」「ほうき星」も、「魅力的」「目を引く」「色気がある」といったところでしょうか。

正直なところ、男性が女性に対して「卑猥」と評価する場合って、プラスなイメージを持っている気がします(女性の場合はマイナスなイメージ)。エロい人、皆好きですよね。
「君の唄」は、「君」の表現する仕草や言葉、考えと捉えられます。

比喩を総括すると、「僕」は「君」が大人として大変魅力的な人間で、美しく感じ、とても驚嘆しています。
そしてその驚嘆が、疑問へと変わります。

「くろすぐり」とは、黒酸塊と書きますが、フランス語でカシスです。そしてカシスの花言葉は、好奇心です。
「玉手箱」とは、童話でのイメージの通り、「軽々しく開けてはいけないもの」であり、「開けると本人に良くないことが起きる」ものです。

つまり、「僕」はあまりに魅力的な「君」に『どうしてそんなにも魅力的なんだろう。今までどんなふうに生きてきたのだろう。』という疑問を持つに至ります。
そして、「君」が秘密にしていた過去、言いたくない過去は、「僕」にとっては好奇心の塊かのように映って見え、身勝手に聞いたり探ったりしてしまうのです。

モンスター

いかれたモンスター 毛並みを整える 物心つくずっと前の子供みたいに
溢れていたいよ それを「愛」と呼ぶなら
僕だけのヒロイン 君だけのスーパースター
 
うれしくって抱きあうよ - YUKI / 作詞:YUKI

「僕」の知らない「君」の過去を覗いてしまったがために、「僕」は怒り狂った怪物のように感情を暴走させてしまいます。
しかし、「毛並みを整える」とあるように、「僕」はじきに落ち着き、暴走した感情は収まります。

「溢れていたい」という「それ」とは一体なんでしょうか。

皆さんは、まるでモンスターのようにたくさん泣く赤ちゃんのことをどう思うでしょうか。
赤ちゃんは、論理的に物事を考えられず、またそれを上手く伝える手段が「泣く」以外にありません。なので、赤ちゃんが泣くことは『仕方ない』と認め、赦すことでしょう。

感情を暴走させてしまっても、今一度相手の事を認め、赦し、自分の感情を愛おしくなだめる。
つまり、相手のことを認め、赦すことを「愛」と呼ぶと仮定するならば、その愛で溢れていたい!という願望を表していますね。
顔が好き、優しいところが好き、頼れるところが好き、そういった感情だけが「愛」ではないといったYUKIなりの答えなのでしょうか。
赦し、赦されるような、赦し合える関係こそが二人の「愛」の形なのでは、という問いかけなのかもしれません。

そうして色んな「愛」に溢れ、お互いのストーリーに必要不可欠な尊敬し合える関係となっていくのです。

雲の上

幸せを持ちあわせ 1人より2人なら レコードは廻りだす
うれしくって抱きあうよ
雲の上で待ち合わせ 忙しい僕ら歌う 優しさに出逢う度
うれしくって抱きあうよ
 
うれしくって抱きあうよ - YUKI / 作詞:YUKI

「幸せ」とは、上述したように「ハナ唄」です。二人の小さな幸せ、小さなメロディーを集める事で、一つの音楽になり、曲が始まります。
やがて、二人の命は天に登ってしまいます。しかし、死してもなお、二人は、二人の幸せの曲を歌い続けます。
「忙しい」と表現されているように、二人は急いでいます。なぜ、急いでいるのかと言えば、早く二人で地上に戻り、再び愛し合いたいからです。
そして、地上に戻りたいという願望を訴求する先は、神様と言えるでしょう。その神様のお許し(優しさ)によって、また地上へ生まれ落ちることになります。

欲しいもの

動き出す2つの鼓動 辿り着く涙の岸辺
降り出した雨止まずに びしょ濡れならそのままもいいさ
欲しいものなどもはや無いんだ 僕と君はひとつさ ハレルヤ!!
 
うれしくって抱きあうよ - YUKI / 作詞:YUKI

とうとう、雲の上での暮らしも終わり、地上へ再び生まれ落ちる時になりました。
生まれ落ちる時は、二人とも別々なのです、再び巡り逢えるかどうかもわかりません。

雲の上から、雨となって降り出した二つの小さな鼓動は、誰かの涙に濡れたかのように羊水とともに生まれます。

「欲しいもの」とは一体何を指すのでしょうか、具体的なものなのでしょうか、はたまた富か、名声か。
欲することは、欲望や渇望があることであり、どれだけ欲し、いくら手に入れても、次、また次と人の欲望は尽きません。
欲望がないということはつまり、満たされているということでしょう。

先のインタビューでYUKIさんは、こう答えています。

そうですね、もうないです。
やっぱり許し合う気持ちや、与え合う気持ちや、慰め合ったり、労い合ったりする気持ちや、あとは感謝の気持ちさえ持っていれば大丈夫です!
本当に。「ありがとう」って、いつも思っていれば大丈夫!
私も悪口を言われたら「すごく悲しい!」と思うんですけど、そんな人に対しても悪口を言ってくれて「ありがとう」なんです。 「私、気付いたわ! ありがとう」って(笑)。

まさに、どんなことがあっても、感謝すべきことであり、「感謝できることは嬉しい。嬉しいから、抱き合って喜ぼう」という全肯定の唄なのです。
誰かが居なければ、感謝することはできません。誰かが居なければ、抱き合う事もできません。

歓喜を抱擁して、満たされることほど、豊かな人間の営みがあるのでしょうか。